「相続」と聞くと、「うちには関係ない」「財産なんてないから大丈夫」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、相続は誰にでも起こりうる出来事です。そして、相続が発生した際に多くの人が直面するのが「相続税」の問題です。
相続税は、文字通り相続した財産にかかる税金ですが、そのしくみは少し複雑です。「どれくらいかかるの?」「うちは払う必要があるの?」といった不安を感じる方も多いでしょう。
終活を進める上でも、相続税の基本を知っておくことは、大切な家族に負担をかけないため、そして何より「争続」を防ぐために非常に重要です。
この記事では、相続税の基本的な種類と、その計算のしくみについて、初心者の方にも分かりやすく、そして興味を持っていただけるように詳しく解説していきます。
これを読めば、相続税に対する漠然とした不安が少しでも解消され、終活や将来の計画を立てる一助となるはずです。
相続税とは? なぜ知っておく必要があるのか
まず、相続税とは一体何でしょうか?
相続税は、被相続人(亡くなった方)から相続人(財産を受け継ぐ方)や受遺者(遺贈により財産を受け取る方)が、遺言や法律に基づいて財産を取得した場合に、その取得した財産にかかる税金です。
なぜこの税金を知っておく必要があるのでしょうか?
- 納税義務が発生する可能性があるから: 相続税には「基礎控除」という非課税枠がありますが、それを超える財産がある場合は納税義務が発生します。知らずにいると、申告・納税が漏れて加算税や延滞税がかかる可能性があります。
- 相続手続きと密接に関わるから: 相続税の申告は、相続発生から10ヶ月以内に行う必要があります。財産の評価や分割方法など、相続手続きの様々な場面が相続税の計算に影響します。
- 事前に知っておくことで対策を検討できるから: 相続税のしくみを知っていれば、生前贈与や養子縁組、生命保険の活用など、有効な対策を検討するきっかけになります。(ただし、具体的な対策は専門家にご相談ください。)
- 家族間の「争続」を防ぐために: 財産の内容や評価額、相続税の負担について事前に情報共有し、話し合っておくことで、相続発生後の不要なトラブルを避けることができます。
「うちには大した財産はないから大丈夫」と思っていても、自宅の土地や建物、加入している生命保険金なども相続税の対象となる場合があり、思わぬ課税対象になることもあります。まずはご自身の家庭に関係があるのかどうかを知ることから始めましょう。
相続税がかかる財産・かからない財産
相続税は、全ての財産にかかるわけではありません。課税対象となる財産と、非課税となる財産があります。
相続税がかかる主な財産(課税財産)
原則として、被相続人が所有していた全てのプラスの財産が相続税の対象となります。
- 現金・預貯金: 現金や、銀行、証券会社などに預けていた預貯金。
- 土地・建物: 自宅、アパート、店舗、駐車場などの土地や建物。評価方法は複雑ですが、公示価格や路線価、固定資産税評価額などを基に計算されます。
- 有価証券: 株式、債券、投資信託など。相続発生日の終値などを基に評価されます。
- 動産: 自動車、家具、骨董品、美術品、宝石、貴金属など。
- 家庭用財産: 家具や家電なども基本的には対象ですが、通常はまとめて評価されることが多いです。
- 事業用財産: 店舗や工場、機械設備など、事業に使っていた財産。
- 借地権・借家権: 他人の土地を借りて建物を建てている場合の借地権や、他人の建物を借りている場合の借家権も財産として評価されることがあります。
これらの他に、「みなし相続財産」と呼ばれるものがあります。これは、厳密には被相続人が生前に所有していたわけではないけれど、死亡を原因として相続人が受け取る財産で、相続税法上、相続財産とみなされるものです。
- 生命保険金: 被相続人が保険料を負担し、被相続人の死亡により支払われる生命保険金。ただし、受取人固有の財産という側面もあるため、一定額までは非課税枠があります(「500万円 × 法定相続人の数」)。
- 死亡退職金: 被相続人の死亡により勤務先から支払われる退職金。こちらも生命保険金と同様に、一定額までは非課税枠があります(「500万円 × 法定相続人の数」)。
相続税がかからない主な財産(非課税財産)
特定の目的のために使われる財産や、社会政策的な配慮から非課税とされているものもあります。
- 墓地、霊びょう、仏壇、仏具など: お墓や仏壇など、祭祀に関するもの。
- 寄付をした相続財産: 相続した財産を国や地方公共団体、特定の公益法人などに寄付した場合、その寄付した分は非課税となります。
- 生命保険金・死亡退職金の非課税枠: 上記の「みなし相続財産」で説明した非課税枠内の金額。
- 特定の公益事業用財産: 宗教法人や学校法人などに使われていた特定の財産。
これらの非課税財産を事前に把握しておくことで、相続税の負担額を見積もる上で役立ちます。
相続税の計算、全体の流れを把握しよう
相続税の計算は、以下のステップで進められます。一見複雑ですが、順を追って理解すれば大丈夫です。
ここでは、法定相続分で相続した場合ではなく、遺言や遺産分割協議で実際に財産を分割した場合の納税額を求める流れを説明します。
- 相続財産と債務・葬式費用を評価する
- 課税遺産総額を計算する
- 基礎控除額を差し引く
- 課税総額を法定相続分で分けたと仮定して、相続税の総額を計算する
- 相続税の総額を、実際の相続割合に応じて按分する
- 各種税額控除を適用する
- 最終的な納付税額が確定する
それぞれのステップを詳しく見ていきましょう。
ステップ1:相続財産と債務・葬式費用を評価する
まず、被相続人が遺した全ての財産(課税財産)の価値を評価します。土地や建物、非上場株式など、評価方法が専門的で難しい財産も多くあります。
次に、被相続人に借金や未払金などの「債務」があった場合や、葬儀にかかった費用(お布施や戒名料なども含む特定の費用)は、相続財産から差し引くことができます。これを「債務控除」「葬式費用控除」といいます。
プラスの財産の合計額から、債務と葬式費用の合計額を差し引いたものが、「正味の相続財産」となります。
(例)現金5,000万円 + 土地建物評価額8,000万円 – 借入金1,000万円 – 葬式費用200万円 = 正味の相続財産1億1,800万円
ステップ2:課税遺産総額を計算する
ステップ1で計算した「正味の相続財産」に、「みなし相続財産」(生命保険金や死亡退職金の非課税枠を超えた部分)や、相続時精算課税制度を利用して贈与された財産の価額などを加算します。
これが「課税遺産総額」の基となる金額です。
(例)正味の相続財産1億1,800万円 + (生命保険金3,000万円 – 非課税枠1,500万円) = 課税遺産総額の基となる金額 1億3,300万円
ステップ3:基礎控除額を差し引く
相続税には「基礎控除」という非課税枠が設けられています。この基礎控除額以下の課税遺産総額であれば、相続税はかかりませんし、申告も原則として不要です。
基礎控除額は、以下の計算式で求められます。
基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
「法定相続人」とは、民法で定められた相続人のことです。通常は、配偶者、子、親、兄弟姉妹などが該当します。子のいない夫婦であれば配偶者と親、一人っ子の親が亡くなれば配偶者と子、といったように家族構成によって法定相続人の数と順位が変わります。養子がいる場合など、数え方に注意が必要なケースもあります。
ステップ2で計算した金額から、この基礎控除額を差し引いた金額が、最終的な「課税遺産総額」となります。
(例)法定相続人が配偶者と子2人の場合、法定相続人は3人。基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 3人 = 4,800万円
課税遺産総額の基となる金額 1億3,300万円 – 基礎控除額 4,800万円 = 課税遺産総額 8,500万円
この例では、課税遺産総額が8,500万円となり、基礎控除額を超えているため、相続税の申告・納税が必要になります。
ステップ4:課税総額を法定相続分で分けたと仮定して、相続税の総額を計算する
ここが相続税計算の少しややこしいポイントです。
ステップ3で計算した「課税遺産総額」を、もし法定相続人が民法で定められた「法定相続分」通りに相続したと仮定して、それぞれの取得金額を計算します。
そして、その「法定相続分で取得したと仮定した金額」に、相続税の税率をかけて、それぞれの仮の相続税額を計算します。
相続税の税率は、財産の金額が高いほど税率が高くなる「累進課税制度」が採用されています。税率は以下の通りです。(令和3年4月1日以降適用)
- 1,000万円以下:10%
- 1,000万円超 3,000万円以下:15%
- 3,000万円超 5,000万円以下:20%
- 5,000万円超 1億円以下:30%
- 1億円超 2億円以下:40%
- 2億円超 3億円以下:45%
- 3億円超 6億円以下:50%
- 6億円超:55%
各法定相続人ごとに計算した「仮の相続税額」を全て合計したものが、「相続税の総額」となります。
(例)課税遺産総額 8,500万円。法定相続人が配偶者と子2人(法定相続分:配偶者1/2、子それぞれ1/4)。
配偶者の仮の取得金額: 8,500万円 × 1/2 = 4,250万円 → 税率20% – 控除額200万円 = 税額650万円
子Aの仮の取得金額: 8,500万円 × 1/4 = 2,125万円 → 税率15% – 控除額50万円 = 税額268.75万円
子Bの仮の取得金額: 8,500万円 × 1/4 = 2,125万円 → 税率15% – 控除額50万円 = 税額268.75万円
相続税の総額 = 650万円 + 268.75万円 + 268.75万円 = 1,187.5万円
※税率と控除額は速算表に基づいています。小数点以下は切り捨てまたは調整されますが、計算のしくみを示すための例です。
この「相続税の総額」は、実際に各相続人がどれだけ財産を取得したかにかかわらず、いったん法定相続分で計算した金額の合計を出す、という点がポイントです。
ステップ5:相続税の総額を、実際の相続割合に応じて按分する
ステップ4で計算した「相続税の総額」を、今度は実際に各相続人や受遺者が取得した財産の価額の割合(実際の相続割合)に応じて按分し、それぞれの「算出税額」を計算します。
(例)相続税の総額 1,187.5万円。実際の相続割合が配偶者60%、子A20%、子B20%だった場合。
配偶者の算出税額: 1,187.5万円 × 60% = 712.5万円
子Aの算出税額: 1,187.5万円 × 20% = 237.5万円
子Bの算出税額: 1,187.5万円 × 20% = 237.5万円
ステップ6:各種税額控除を適用する
ステップ5で計算したそれぞれの「算出税額」から、各相続人や受遺者の状況に応じて適用できる様々な「税額控除」を差し引きます。
主な税額控除には以下のようなものがあります。
- 配偶者の税額軽減: これが最も重要な控除の一つです。配偶者が相続した財産のうち、法定相続分または1億6,000万円のいずれか多い金額までは、相続税がかかりません。つまり、配偶者が多くの財産を相続しても、多くの場合、配偶者自身の相続税はゼロになります。ただし、この特例を受けるには、相続税の申告が必要です。
- 未成年者控除: 相続人に20歳未満(令和4年4月1日以降は18歳未満)の人がいる場合、その人が85歳になるまでの年数 × 10万円(令和4年4月1日以降は85歳になるまでの年数 × 10万円)の額を控除できます。
- 障害者控除: 相続人に障害者がいる場合、その人が85歳になるまでの年数 × 10万円(特別障害者の場合は20万円)の額を控除できます。
- 相次相続控除: 短期間(10年以内)に立て続けに相続が発生した場合に、一定の条件のもと、前回の相続で課税された相続税の一部を今回の相続税から差し引くことができる場合があります。
- 外国税額控除: 相続した財産に外国にある財産が含まれており、その財産に対してその国で相続税やそれに類する税金が課された場合に、日本の相続税から一定額を差し引くことができる場合があります。
これらの控除を差し引いた金額が、それぞれの「納付すべき相続税額」となります。
(例)配偶者の算出税額 712.5万円。配偶者の税額軽減により全額控除される場合。
配偶者の納付税額: 712.5万円 – 712.5万円 = 0円
子Aの算出税額 237.5万円。未成年者控除や障害者控除がない場合。
子Aの納付税額: 237.5万円 – 0円 = 237.5万円
子Bの算出税額 237.5万円。未成年者控除や障害者控除がない場合。
子Bの納付税額: 237.5万円 – 0円 = 237.5万円
ステップ7:最終的な納付税額が確定する
ステップ6で計算したそれぞれの「納付すべき相続税額」を合算したものが、その相続における相続税の合計納税額となります。各相続人・受遺者は、それぞれ計算された金額を国に納めます。
この例の場合、相続税の合計納税額は 0円 + 237.5万円 + 237.5万円 = 475万円 となります。
相続税の申告と納付の期限
相続税の申告と納税には期限があります。
相続税の申告は、被相続人の死亡を知った日(通常は死亡日)の翌日から10ヶ月以内に、被相続人の住所地を管轄する税務署に行う必要があります。
納税も、原則として申告期限と同じ10ヶ月以内に行わなければなりません。納税は、現金一括納付が原則ですが、一定の要件を満たせば、分割して納める「延納」や、現金ではなく相続した不動産などで納める「物納」が認められる場合もあります。
10ヶ月という期間は長いようでいて、財産評価、遺産分割協議、必要書類の収集などを進めているとあっという間に過ぎてしまうこともあります。特に不動産が多い場合や相続人が多い場合、遺産分割が難航する可能性がある場合は、早めに準備を始めることが重要です。
終活と相続税対策
相続税のしくみをご理解いただけたでしょうか? 計算は複雑ですが、重要なのは「基礎控除を超えるかどうか」「どのような控除が使えるか」を知ることです。
終活の一環として相続について考えることは、相続税対策のためだけではありません。所有している財産を正確に把握し、誰に何を遺したいのか意思表示をする(遺言書の作成など)ことは、残された家族が円満に相続手続きを進めるために何よりも大切です。
その上で、相続税についても基本的な知識があれば、専門家(税理士など)に相談する際に、より具体的な質問ができ、ご自身の状況に合った適切なアドバイスを得やすくなります。
相続税対策には、生前贈与(贈与税の基礎控除や特例の活用)、養子縁組による基礎控除額の増加、生命保険や不動産の活用など様々な方法がありますが、これらは家族構成、財産の種類、希望する遺産分割などによって最適な方法が異なります。安易な対策は、かえってトラブルを招いたり、意図しない結果になったりすることもありますので、必ず相続に強い税理士などの専門家に相談しながら進めることを強くお勧めします。
まとめ
この記事では、相続税の主な種類と計算のしくみについて解説しました。
- 相続税は、相続した財産にかかる税金で、基礎控除額を超えると納税義務が発生します。
- 課税対象となる財産、ならない財産(非課税財産)があります。生命保険金や死亡退職金には非課税枠があります。
- 相続税の計算は、財産評価から始まり、課税遺産総額の計算、基礎控除、法定相続分による仮計算、実際の相続割合での按分、そして各種税額控除の適用というステップで進みます。
- 特に、配偶者の税額軽減は非常に大きな控除となり得ます。
- 相続税の申告と納税は、原則として相続開始後10ヶ月以内に行う必要があります。
- 相続税の知識は、円満な相続や将来の計画のために役立ちますが、具体的な対策は専門家への相談が不可欠です。
相続は、大切な家族の想いを引き継ぐライフイベントでもあります。税金という側面だけでなく、家族でしっかりと話し合い、必要に応じて専門家の力を借りながら、準備を進めていくことが何よりも大切です。
この記事が、あなたの終活や相続に関する不安を軽減し、次の一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
※この記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の個人に対する税務アドバイスではありません。個別の状況については、必ず税理士等の専門家にご相談ください。


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